松屋銀座7階に2018年にオープンした<N・A・R・A T・E・I・B・A・N>。アパレル、家具、雑貨、食品などを扱うこのショップは、奈良県と、奈良に拠点を置く町工場が協業するブランド開発支援事業〈ナラテイバン〉の常設店として、たくさんのお客様に愛されています。本記事では、その取り組みに参加する作り手たちの言葉を通して、<N・A・R・A T・E・I・B・A・N>の魅力を深掘りしていきます。

「ナラテイバンはね、学びの場なんですよ」
それまで〈ナラテイバン〉とは、「奈良のものづくり産業にデザインを加えた物産と、その紹介」という認識でした。しかし、〈ナラテイバン〉を取りまとめるスタイルジャパン研究所のプロデューサー・川野正彦さんは「否」とひとこと。

「〈ナラテイバン〉とは、奈良の中小企業の作り手と、県、流通、専門家が集まり、『ものづくり産業は、どうすれば持続的に継続できるか』という問いから始まった学びの場なんです。それは、単なる販路拡大や、補助金を使った一時的な施策、一過性のヒット商品の開発を目指すものではありません。商学や社会学、倫理学などを学び、いつまでも愛され、使い続けられるものとは何かをそれぞれが、それぞれの立場で考えるプラットホームであり、互いに学び、高め合う集団(クラスター)なんです。
例えば、コーヒーを例に挙げると、同じ一杯のコーヒーでも、ドトール、スターバックス、コンビニ……と、それぞれ過ごす時間や意味が変わってきます。人の思いや目的が大きく関わり、『一杯のコーヒー』を包む空間が異なってゆくのです。
ということは、作り手も、これまでのようなただ単に “よいものを作ればゴール”という目標ではなくなるのです。『その製品が介在する空間』をも視野に入れる。すると、そのものを使う人が見えてくる。つまり作り手とお客様とが直接関係を紡ぐことが重要になってきます。これらの視点を持ってものづくりと向き合う。その考える場であり、成果を発信する場が〈ナラテイバン〉なのです」

また川野さんは、「観光によって生まれる関係人口は、本質的には一時的なものに過ぎない」と語ります。重要なのは、人を地域に呼び込むことではなく、日本のものづくりを社会の中でどのように活かし、どのように持続させていくかという視点です。多くの町工場が地方に存在しています。そうした町工場が存続し、技術や判断の蓄積が次の世代へと受け継がれていくこと自体が、日本社会の豊かさを支えていきます。都市の生活者と町工場の作り手が直接向き合うことで生まれるのは、単なる消費ではありません。価値の再発見や新たな用途、視点の更新です。そうした関係性の中から、日本のものづくりが社会に果たす役割が編み直されていくと、川野さんは考えています。
顧客のリアルな声を聞くことこそ大切
では、松屋銀座と〈ナラテイバン〉は、どういったつながりがあるのでしょうか。松屋銀座の生活デザイン部の中野絵里さんに伺いました。

「松屋銀座ではデザイン運動の先駆けとして、1955年にデザインコレクションをオープンしました。これは『デザインの啓蒙』を目的に1953年に設立された日本デザインコミッティーと松屋銀座との協業を実践する場です。年に3回実施する“国内外のプロダクトを見て考えて、談義し、選定する”という選定会の中でお墨付きをもらった商品だけが販売される、セレクトショップの先駆け的な存在となりました。以後、『デザインの松屋』と言われ、 日本のデザイン振興と密接に関わってきました」(中野さん)
これを受けて、川野さんが松屋銀座と〈ナラテイバン〉のつながりを教えてくれました。
「〈ナラテイバン〉も、『もの』ではなく、その『取り組み』がグッドデザイン賞を受賞し、当時、新宿で展示会を行っていました。そこに『松屋銀座で展示してみないか』というお話をいただいて、まずはポップアップ展示からはじめました。すると僕たちの取り組みに賛同したり、ファンになってくれるお客様が増えて。〈ナラテイバン〉に参加する作り手が資金を出し合い、〈ナラテイバン〉という店を持つことになったんです」(川野さん)
松屋銀座側も〈ナラテイバン〉のコンセプトが、松屋銀座のそれに通じる部分があり、親和性が高い取り組みと感じたようです。
「松屋銀座としても、〈ナラテイバン〉を“観光”とは切り離して、それぞれの作り手さんのものづくりをフューチャーしています。実際に奈良の作り手さんたちが店頭に立ち、お客様と直接やり取りする光景もありますよ。このとき、自分が携わった製品だけでなく、他のメンバーの方の製品についても、皆さん、ご説明ができるんですよ! この点が、物産展と一線を画す点ではないでしょうか。
皆さんで同じテーマを考え、共有する。個で好き勝手に動くのではなく、集団でひとつの目的を持って行動する。その集団の力が〈ナラテイバン〉というブランドを作っているように思い、『暮らしの楽しみ方』を提案する松屋銀座のスタイルにとてもぴったりと合っているのだと思います」(中野さん)
「自分が良いもの」から「お客様にとって良いもの」へ——。学びを通じ、発想の転換を促す〈ナラテイバン〉には、確かな目を持つ松屋銀座のお客様が必要不可欠なのです。
奈良の作り手に芽生えた「何ができるか」という問い
実際に〈ナラテイバン〉に参加する事業者にお話しを伺いました。
●株式会社坪岡林業 坪岡常佳さん

「これまで、下請けや製造業にとっての“お客さん”は問屋でした。製材所であれば、柱や建築資材をつくり、市場に卸します。『もう少し安く』『納期を何とか』と言われ、その条件の中で競争してきました。商売はそこで完結していて、その先で木がどんな家になり、どんな暮らしの時間を支えているのかを、考える必要もなかったのです」
そう振り返るのは、坪岡林業〈聖山〉の代表です。
「しかし、それでは常に問屋に左右されてしまいます。自分たちの仕事が、今の時代にとってどんな意味を持つのか。その問いを持つきっかけを与えてくれたのが、奈良県のブランド事業であり、〈ナラテイバン〉の前身でした」
商業を学び、言葉を学ぶなかで、彼の視点は少しずつ変わっていきました。
「家業を継いだ当初、正直に言えば、木が特別好きだったわけではありません。立派なテーブルを見ても『ええ木やな』と思うくらいで、素材や加工といった“仕事としての木”しか見ていなかったのです。その木が、どんな時間を生み、どんな場面で人の暮らしに寄り添うのか、そこまで想像したことはありませんでした」
しかし学びを重ねるうちに、木を見る視点は「素材」から「人の時間」へと開かれていきました。
「ものの先に、人がいます。その人が、どんなふうに使い、どんな時間を過ごすのかを思い描く。林業や製材の仕事も、そこまで含めて考えるものなのだと気付きました」
今回、松屋銀座の開店100年記念として並ぶ墨黒の「折敷」には、その視点が静かに表れています。使われているのは、二百年という時間を生きた杉の木です。なめらかな肌触りは、食事の時間を特別なものへと変えてくれます。
建築資材として姿を消していくはずだった木が、暮らしの中で使われ、時間を共有する存在として生き直します。


〈聖山〉の仕事は、木を売ることではなく、木が人の時間に介在するあり方を、静かに編集し直すことなのかもしれません。

●ヤマヤ株式会社 野村泰嵩さん

「もともと東京で働いていて、父から聞いたか、在京の頃から〈ナラテイバン〉のことは知っていました。2020年に奈良に戻ってきて家業を継いだ折、以前より考えていた自社のブランドを育てたいという思いから、自分で立ち上げたのですが、なかなか上手くいかず……。だから、“この取り組みでぜひ学びたい!”と行動しました。
世の中、物産展は結構あり、繁盛しているところが多いと思いますが、私はなかなか感動するまでには至りません。いいな、と思って買ってみても、実際それだけで終わってしまいます。“もっと知りたい”と思うことがないのです。一方、〈ナラテイバン〉は全く違う。
初めての場でどんな会話したのも覚えていますし、プラットフォームや他の製造業者さんのことなどに重きを置いて説明を受けたことがとても印象的でした」

「歴史的に見て、靴下とは高価な贈答品だったのですが、現在は、3足1,000円といった大量生産品が普及し、価値が低下しています。それをなんとか改善したい。そこには作り手の意識転換と価格や柄、企画といった新しい枠組みに挑戦しなくてはなりません。自分のブランドを作っていく上でももちろんのこと、価値の再設定を図る上でも、とても頼りになるメンバーではないか、と思っています」
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和紙とオーガニックコットンを撚った糸を、藍で段染めする。そのゆらぎのある藍色の糸で作る靴下は、まさに一点物の風合い。100周年記念商品として登場します。


●今西靴下株式会社 今西邦樹さん

「昔、個人的に一度、ブランドを立ち上げて東京で販売したことがあります。しかしなかなか難しくて。先方の考えとこちらの考えや認識が異なっていまして。ご注文いただいた靴下が、シーズンが終わったらバババっと返ってきて、私たちではそのフォローは難しいところがありました。その当時、OEMでは、基本的に注文いただいたら、対象の商品はそのシーズン内に全て引き取ってもらう形で進めていたので、在庫を抱えるということが私たちには基本的になかったんです」

「でも、やはり自社のブランドを育てたい。この想いと〈ナラテイバン〉とがリンクしたんです。この歳になると、“もういいや”と思ってしまう部分もありますが、プラッシュアップミーティングという学びの場で、常に課題があって、それをこなしていくことを、けっこう私は楽しんでいるんですよ」
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アーティストの森ひろこさんとコラボした「Cache-cache cou cou!(カシュ・カシュ クク)」では、デザインによって微妙に幅を変えたり、ポイントとなる部分の素材を目立つ糸にしたり、ユニーク。足元を愛らしく彩ります。


考え、学ぶ。そこから生まれる「定番」の哲学
〈ナラテイバン〉を支えるさまざまな人のお話を伺い、気付いたことは、皆さん、ものづくりの力を信じているということ。そして同じ志を持った仲間と毎月勉強会を行い、正々堂々、切磋琢磨しているということ。そこになれ合いはありません。


AIをはじめ、類いまれな技術は、正確に、即座に、答えやサービスを提供してくれます。それらは便利であり、現代の我々の生活に欠かせません。
しかし、それだけを「正」として生活すると、人はどこか息苦しく、なにかを手放した感覚に陥ります。
〈ナラテイバン〉が最終的に追い求めるのは、この現代社会にはびこる欠落の感覚との“調和”なのではないでしょうか。人を見つめ、人の暮らしに寄り添うための「なにか」を、類いまれな技術から生み出す。そこには会話が生まれ、仲間たちの支えが必要不可欠です。行政と作り手と、そして販路・流通の担い手。そのどの立場が欠如しても成り立ちません。
これからのものづくりとは、きっと、この言葉にもならない心の機微を豊かにするものなのでしょう。「気がついたらずっと使い続けている」「やっぱりまたこれがほしい」。この感覚を生み出すものづくりのプラットホームが〈ナラテイバン〉であり、定番を生み出すヒントなのかもしれません。
〈ナラテイバン〉「プロセスが生む。ものづくりの哲学展」
―好きからはじまる、問いの軌跡―

2026年2月11日(祝・水)-17日(火)1階 スペース・オブ・ギンザ(最終日午後6時閉場)
〈ナラテイバン〉では、奈良県と県内の主に製造業を中心に、県域を越えて多様な製造業が共同し、商学と社会学をともに学びながら、永く愛されるものを生み出すものづくりを目指しています。今回の催しでは、木の道具、布の技、装い、香り、音楽、アートなど、17の作り手が、それぞれの「プロセスの哲学」を携えて集います。お買い上げプレゼントや、2月11日(祝・水)には7階のナラテイバンショップにて薬湯づくりのワークショップも開催(予約制)。
奈良の作り手が考える「ものづくりの哲学」を手に取りに、ぜひお越しください。
https://www.matsuyaginza.com/jp/ginza/events/pop-up/narateiban/20260203
PHOTO/HIKARI TABUCHI TEXT/CHIHIRO BECHAKU
















