銀座で営みを続ける「名店の若旦那・若女将」にナビゲーターとして登場していただき、銀座の街の魅力から長年紡いできたお店の歴史をインタビュー。若旦那・若女将がつながるお店・場所などもお聞きしたので、銀座街歩きも楽しんでみたい。第7回は、誕生から141年、銀座で76年、世代を超えて愛される「最中」を生み出す和菓子店「空也」の5代目・山口彦之さんにお話を伺いします。

若旦那
空也
5代目
山口彦之さん
PROFILE
1979年東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、3年のサラリーマンを経て、2006年「空也」に入社。製造現場で経験を積み、現在5代目として経営に携わる。2011年に新業態ブランド「空いろ」を始動。数十社との企業と商品開発、商品のプロデュースを行なうほか、和菓子の文化を盛り上げるため、銀座の仲間と音楽のある空間でお菓子とお酒を愉しむイベント「アンコマンないと」を主催
一度食べたら魅了される、予約待ち必須の「最中」
店名は、平安時代の僧侶「空也上人」から由来

海外のハイブランドをはじめとする有名店が連なる銀座並木通りで、「空也もなか」と書かれた藍染の暖簾がひと際目を引く「空也」。予約した「最中」を求めて、お客さんが絶え間なく訪れる銀座屈指の和菓子店です。
1884(明治17)年、上野・池之端で創業した「空也」。江戸時代に存在した天台宗の一派で、念仏を唱えて踊る「踊り念仏」を行う集団「関東空也衆」のひとりであった初代。その仲間の援助で最中をメインとした菓子屋をはじめたことから、空也上人にちなんで屋号を「空也」に。その後、東京大空襲で上野の店が焼失してしまったため、1949(昭和24)年に、銀座6丁目の今の地へ移転しました。

「創業の際には、初代が親しかった日本橋の『榮太樓總本鋪』さんの後押しがあったと聞いています」と語るのは、5代目店主・山口彦之さん。
「姉2人の3兄弟で育ち、物心ついたときから家業を継ぐものだと思っていたんです。3年間のサラリーマンを経て、2006年に『空也』で働き始めました。作り手(従業員)の気持ちが汲みとれるようにと考えて、まずは製菓学校で知識とノウハウを学びました。このことが、今の製造にも活かされています」
1973年に現在のビルに建て替え、店舗の上には工房を併設。餡づくりから成型まで、目の行き届いた製造ラインで、作り立ての菓子を製造販売できるのが強みとなっています。

創業141年、文豪にも愛された老舗の味
「戦災で店舗が焼失し、戦前のことを記した資料や品は手元にほとんど残っていません。ただ、明治の文豪たちにも懇意にしていただいていたようで、『最中』や『空也餅』などの名前が、作品の中にちらほら出てくることはありがたいですね」
2代目の頃、人気作家だった夏目漱石が空也の菓子を好んで食べていたそう。「吾輩は猫である」には、餅米でつぶし餡をくるんだ「空也餅」が登場。「夏目漱石のお気に入りの店」として広く知られるように。
「創業当時の記録や品がほとんど手元には残っていない」という中で、唯一、戦火を免れたつくばいや衝立を店内に展示。買い物の合間に見ることができます。




看板商品の「最中」は歌舞伎役者がきっかけで誕生
「空也」の商品で9割の売り上げを占める、創業からのロングセラー商品「最中」。ふっくら丸みを帯びた「最中」の形は、屋号に由来する空也上人の杖に付いていたひょうたんがモチーフ。
「種(皮)に、こんがり香ばしい焼き色が付いた“焦がし皮”が最大の特徴です。これは、初代が懇意にしていた歌舞伎役者の9代目・市川團十郎に、火鉢で炙った最中を勧められ、そのおいしさを実感したことから誕生しました」

どんなに人気でも、1日8,000個以上は作らないというのが山口さんのルール。これはおいしさをキープしながら、従業員が無理せず働くための限度数だそう。購入できるのは銀座の店舗のみで、オンライン販売も行っていません。
「予約は電話また店頭のみで、入口のカレンダーに×が付いていない日は予約が可能になっています。来店時間を事前にお知らせいただけたら、スムーズにお引き渡しができます」
予約なしで運よく購入できることもありますが、確実に入手するなら早めの予約がおすすめです。



良質な素材で丁寧に作る、あんへのこだわり

「うちの菓子作りのモットーは、『いい素材を使い、丁寧な仕事をすればおいしいものができる』に尽きます。レシピはなく歴代の職人による一子相伝」という山口さんに、「最中」の製造工程を案内してもらいました。
あん作りは熱伝導のよいIHの銅釜を使って1日5回に分けて、職人によって作られます。材料は、吟味した小豆とザラメ糖、水あめと少量の塩のみ。
「小豆は、減農薬栽培の北海道十勝産を使用。ザラメ糖を使うのは、結晶時の表面積を大きくすることで、あっさりとした甘さが感じられるようになるからです」


まず、小豆を生豆からじっくり煮た後、ザラメを加えて炊き上げます。
「あんは粒あんでもこあんでもなく、豆の形が少し残った「つぶしあん」。口当たりなめらかでまろやかな風味の餡を追求していく中で行きついた、空也独自のあんです」
さらに水あめを混ぜ合わせて炊き上げます。水あめは焦げやすいため後半に加えるそう。
「丁寧に炊き上げることで、保存料や添加物を使用しなくても、季節を問わず常温で一週間日持ちするつぶしあんができあがります」




サクサクとした皮と上品な甘さのあんのバランスが唯一無二
1日寝かせたあんを包むのは、創業200年を超える種屋の皮。「空也」のためにだけに作られた香ばしい焦がし皮です。
『餅は餅屋、種は種屋』という言葉通り、皮は専門業者にお願いしています焼くのに適した状態まで、水分が抜けるのを待つ。その日の湿度や天気を鑑みながら職人が焼き上げるため、サクサクとした食感に仕上がるそう。

「販売当日のものはより香ばしく、パリッとした食感。3日おくと、最中の皮とあんこがよくなじみ、しっとりとした味わいに。賞味期限の1週間を過ぎたタイミングはあんが糖化してシャリッとした食感になって結構おいしいんです。オーブントースターで軽く温めて水分を飛ばしたり、経時変化を食べ比べて見てください」

和菓子職人が作る季節の上生菓子も評判



「最中」のほかにも、夏目漱石が好んだ「空也餅」をはじめ、練切、羊羹などの流しもの、饅頭などの生菓子が季節に応じて楽しめます。
「最中が有名になりすぎて、最中専門店と思っている方も多いのですが、『空也』は和菓子屋なのでもちろん生菓子もあります(笑)。工房では、毎日和菓子職人が、ひとつずつ丁寧に作って、作り立てを提供しています
お好みの詰め合わせは予約にて承っています。『空也双紙』は通年お作りしていますが、『空也餅』は1月中旬から2月中旬と11月、『黄味瓢』は11月から5月の連休前など、季節の生菓子をご用意。売り切れ商品もありますので、予約の際にご確認ください」

饅頭は、9~12月中旬と~5月に提供する「蕎麦まんじゅう」と、12月中旬~1月に登場する「薯蕷(じょうよ)まんじゅう」の2種類。どちらも空也こだわりの上品な甘さのあんを堪能する逸品です。
「10月は『栗茶巾』、桜の季節には『桜餅』など、季節ごとの風情を楽しんでいただけたらと思います」



若旦那・山口彦之さんとつながる銀座さんぽ
「マクドナルドやスターバックスなど日本1号店も多くある銀座は、世界に誇る東京の核となる街。お店のある銀座並木通りは景観もよく散策には最適です。ランチはほとんど5~8丁目界隈。香港料理、トスカーナ料理、江戸前寿司など行きつけの店がいくつかあります。同業ですがよく行くのが「萬年堂本店」。喫茶で餡わらび餅とお抹茶を頂くのがホッとする瞬間です」(山口さん)
本場香港の味を銀座で気軽に楽しめる「喜記 銀座店」
香港発祥の海鮮料理の名店で、ニンニクと唐辛子を効かせ避風塘(べいふぉんとん)料理で知られる「喜記(へいげい)」の日本1号店。香港蜜掛けチャーシューなどのロースト、海老蒸し餃子などの点心、香港土鍋炊き込みご飯とメニューも幅広くラインナップ。「喜記」の魅力を存分に味うなら、不動の人気を誇る海老ワンタン麺や点心が付いたランチの香港飲茶コースもおすすめです。

「飲茶や香港料理の本場の味が銀座でも味わえるお店細くて歯応えある香港麺での海老ワンタン麺がスペシャリテ。平日のランチセットには、スープとザーサイ、点心またはデザートが付いているので満足度も高い!」(山口さん)」



〈香港料理〉喜記 銀座店

TEL 03(3289)0505
住所/東京都中央区銀座5-7-10 EXITMELSA 7F
営業時間/午前11時30分~午後3時(L.O.午後2時30分) 午後5時30分~午後10時(L.O.午後9時30分) 土・日・祝午前11時30分~午後9時(L.O.午後8時30分)
定休日/施設に準ずる
アクセス/銀座駅より徒歩2分
喜記 銀座店HP
蔵元直送の日本酒と共に味わう洋食の店「元酒屋」
1984年にオープンした洋食屋。創業者の実家が山梨県駒ケ岳山麓の酒蔵「山梨銘醸」であることから、「元酒屋」と命名。現在は2代目の鈴木江平さんが、創業者の思いを受け継ぎ、日本酒などお酒と合う洋食メニューでもてなしてくれます。名物は、約1週間かけてデミグラスソースを作る特製ハヤシライス。ドライカレーや煮込みハンバーグなど、店主渾身のひと皿に出会えます。

「西洋料理の名店「銀座胡椒亭」の流れを汲む洋食店で、先代の頃から通っています。甘すぎず、食が進む、ハヤシライスはここのしか食べられません!(笑)」(山口さん)



〈洋風居酒屋〉元酒屋

TEL. 03(3572)6240
住所/東京都中央区銀座8-5-24西八ビ2F
営業時間/午前11時30分~午後1時15分 午後5時~午後10時
定休日/第3土・日・祝定休
アクセス/銀座駅より徒歩7分、新橋駅より徒歩4分
元酒屋Instagram
PHOTO/KAZUHITO MIURA TEXT/NAOMI TERAKAWA

















