歴史と伝統が息づく銀座に、新たなカルチャーを呼び込んでいる銀座1~8丁目の新・名店の店主にバトンをつないでもらいながら、「銀座の街」のことをインタビュー。第7回は、銀座でもめずらしい“握り鮨”だけを提供する鮨店として、美食家たちに支持される、銀座7丁目「鮨處 やまだ」の店主・山田裕介さんにお話を伺います。

銀座7丁目の名店店主

鮨處 やまだ
店主
山田裕介さん

PROFILE

青森県出身。高校卒業後、地元で大工の職に就くも、2005年に「好きな鮨を仕事にしたい」と上京。銀座の「鮨處 おざわ」で7年間修業した後、銀座7丁目に「鮨處 やまだ」を開店。2023年10月、銀座コリドー街の複合商業施設「GRANBELL SQUARE」に移転オープン

15貫の握り鮨で紡いでいく、山田流のおいしい連鎖

銀座の数ある鮨店の中でも異彩を放ち、“握り鮨のみ”で勝負する銀座7丁目の「鮨處 やまだ」。元大工という店主の山田裕介さんは、開店までの道のりも、鮨のスタイルも自身で切り開いてきました。

「僕は青森県津軽地方の漁師町の出身。地元での男性の主な仕事は漁師・大工・土木作業員。高卒で働く人のほとんどは、この3業種のどれかに就きます。父の跡を継いで漁師になれればよかったのですが、僕は薬を飲んでも効かないくらい船酔いする体質。それで大工になりました。でも社会を知るうちに、職業の選択はもっと自由でいいんだと感じるようになったんです」

そうした思いをきっかけに、山田さんはもともと好きだった鮨の世界へ。29歳で上京し、銀座の鮨店で修業をスタート。その7年後、修業が厳しい鮨の世界では異例といえる速さで独立し「鮨處 やまだ」を開業します。

「修業の7年間はずっと裏方仕事。やりたいことをめざせていたので、1日17時間の激務でも辛くなかったですが、修業を始めたのが遅かったから、早く一人前になりたかった。そこで、休日に店を借り、自分の鮨を食べてもらう勉強会を開きました。

最初は友人だけでしたが、紹介や口コミでいろいろな人が来てくれるようになると、『出資するから店を開いてみませんか』と言ってくださる方が現われて。思いもよらないチャンスでしたから、銀座で店を開かせていただきました」

2023年には、最初に出店したビルの老朽化のため、同じ7丁目の複合商業施設へ移転。白壁のモダンな外観と、ヒバ材のカウンターが美しい店内の設計は、大工の経験を活かして山田さんが行いました。

そんな山田さんが「お造りやつまみではなく、鮨だけでおなかを満たしてほしい」と、勉強会をしていた頃から貫いているのが、“握り鮨のみ”のスタイル。15貫のコースが基本で、一品料理はなく、ガリもありません。

15貫を提供する順番は酸味・甘み・うまみなど、味わいのバランスを考慮して緻密に構成。まずは、その後に味わう鮨に影響しないよう、1貫目は白身、2貫目はイカと、淡い味わいのネタから始まります。

3貫目は白身系の小魚、4貫目はコハダ。江戸前鮨の基本ともいえる締め物から、5貫目の車エビへ。酢によって口の中の酸度が高まった状態で味わう車エビは、その甘みをいっそう強く感じられます。

6貫目は焼いた椎茸、7貫目はカツオ、8貫目には貝類が登場。「鮨のネタは基本的に冷えているので、6貫目にあたたかい椎茸を出して口の中の温度を整えていきます。

昆布にも含まれる椎茸のグルタミン酸といううまみ成分は、カツオのうまみ成分・イノシン酸と相性がいい。椎茸の余韻を残しつつカツオを味わうと最高においしくなります。貝類は魚とは異なるうまみ成分があるので、ここで味わいに変化をつけて、9貫目以降へつなぎます」

9貫目以降は季節などによって異なりますが、熟成してうまみを凝縮させた白身、白身の締め物、アジなどの光り物、貝類、焼いたイワシやサンマ、甘エビ、締めの玉子焼きへと続きます。

意外なのは15貫のうち赤身はカツオのみ。鮨の定番・マグロがありません。 「いいカツオが手に入らないときは代わりにマグロを使うこともありますが、マグロは味わいにインパクトがあるので、おいしさを実感しやすいんですよね。基本の15貫では、そうしたわかりやすさよりも、魚や貝類の甘みや風味など繊細な味わいがつなぐ、おいしさの連鎖を楽しんでいただきたいんです」

15貫で足りない場合は20貫、25貫のコースや、食べたいネタを1貫単位で注文することも可能。鮨はいずれも1貫1320円で、15貫コースは1320×15=19800円。山田さんセレクトの日本酒もグラス1320円均一。予算に合わせて注文しやすい嬉しい配慮です。

締めに、山田さんにとっての銀座について聞いてみました。

「実は青森にいる頃、東京の鮨屋は、銀座か築地にしかないと思っていたので、とりあえず銀座に来たのですが、それから早いもので20年が経ちました。銀座は“銀座村”と呼ばれるコミュニティもあって、飲食店で働く人同士の距離が近いんです。共通のお客様がいたり、仕事帰りに行く店が同じだったり。しかもみんな義理堅い。大都会でありながら、田舎らしさもあるんです。そんな街の雰囲気があったから、今の僕があるんだと思います」

銀座には、僕のおなかを満たしてくれる、居心地がよくて通いたくなる店があります

「食べることも飲むことも好きなので、修業時代から銀座のいろいろな店へ出かけてきました。銀座の鮨店は、ほぼほぼ制覇しています。そんな中で何度も行きたくなるのは、好みに合わせて料理を用意してくれたり、仕事帰りや飲んだ後に気軽に立ち寄れたり。おいしい料理を味わいながら、僕が感じる銀座の田舎っぽさやローカルを感じられる、居心地のいいお店です」

オーナーシェフの柔軟な対応が嬉しい路地裏のビストロ/ビストロ カシュカシュ

そんな山田さんのお気に入りが、銀座8丁目の小さな路地に佇む「ビストロ カシュカシュ」。オーナーシェフは、有楽町のグランメゾン「アピシウス」で経験を積んだ斎木辰也さん。横浜や新潟から直送される有機野菜を使用した料理をはじめ、本格フレンチをカジュアルに楽しませてくれます。

山田さんのおすすめは、きのことトリュフのクリームリゾット。「複雑にからみ合うきのこの味わいが奥ゆかしく、まったく食べ飽きない。とろりとした口当たりも絶妙で、本当においしいんです」

コースは10,000円~の3コース。基本はお任せですが、オードブルやメイン料理をアラカルトから選ぶことも可能で、その日その時に食べたいものを組み込んでコースとして堪能できます。「そういう柔軟な対応に、銀座の田舎っぽさというか、あたたかさを感じるんです。店主の斎木さんの気さくな人柄も魅力的な居心地のいい1軒です」

ビストロ カシュカシュ
TEL,03(3573)0488 東京都中央区銀座銀座8-6-19渡辺ビル1F

深夜も営業。京料理と共に味わうラーメンやカレーを締めの一品に/銀座 呑小路やま岸

山田さんが最近よく訪れているのが、京都で割烹料理店などを展開する「やま岸」の東京1号店「銀座 呑小路 やま岸」。オープンキッチンの木のぬくもりあふれる空間で、京料理を居酒屋スタイルで満喫できます。「店主の山岸さんと仲がよいこともあり、こちらの店舗の半分くらいのメニューは、僕が味の監修をしています。そうしたつながりもありますし、深夜営業をしているので、仕事帰りによく訪れるようになりました」

午後6時~7時は、コース10000円の注文のみですが、午後9時以降はアラカルトのオーダーが可能になります。

「楽しいのが、本店の『富小路やま岸』味を再現したものや季節のおばんざいなど、京都らしい料理が味わえる一方で、ラーメン、餃子、カレーなども食べられること。例えばラーメンのスープは鶏肉からダシを取った透明な清湯スープ。カレーはちょっと和風なのですが、しっかりスパイスが効いたスパイシーな味わい。さらっと食べられて、お酒の後の締めにもぴったりなんです」

銀座7丁目の名店

鮨處 やまだ

TEL03(3572)7534
住所/東京都中央区銀座7-2-18 GRANBELL SQUARE 3F
営業時間/午後6時~、午後8時~(2部制)
定休日/日・祝
アクセス/銀座駅・新橋駅より徒歩5分
鮨處 やまだHP

7丁目「鮨處 やまだ」からバトンを受け取るのは8丁目「BAR GINZA 江」です

オーセンティックな空間で、日本各地の季節のフルーツを使用したカクテルが楽しめる「BAR GINZA 江」。オーナーバーテンダーの江崎英夫さんは、銀座の名門バーなどで経験を重ね、2013年に自身の店を開きました。「江崎さんは、ともに修業をしていた頃からのお付き合い。フルーツが好きな僕にとって、銀座でBARと言えばここなんです」

PHOTO/MASAHIRO SHIMAZAKI TEXT/MIE NAKAMURA