歴史と伝統が息づく銀座に、新たなカルチャーを呼び込んでいる銀座1~8丁目の新・名店の店主にバトンをつないでもらいながら、「銀座の街」のことをインタビュー。第5回は、銀座の名門バーで修業した後、銀座6丁目に「Bar三石」を構えた三石つよしさんにお話を伺います。

銀座6丁目の名店店主
Bar三石
店主
三石つよしさん
PROFILE
長崎県出身。かつて銀座にあった名門バー「Barル・ヴェール」などで経験を積み、2009年に独立して、銀座6丁目に「Bar三石」を開店。「2005横浜市長杯チャリティカクテルコンペティション」「HBA/MHD共催カクテルコンペティション2006」タンカレーナンバー10部門で優勝するなど、数々の受賞歴を誇る
ひとり一人に合った好みの1杯を作りあげる“お酒のコンシェルジュ”
外堀通りの裏手、飲食ビルが立ち並ぶ数寄屋通りにある「Bar三石」。店主はバーテンダー歴約30年、白いバーコートがトレードマークの三石つよしさん。ゆるやかな曲線を描くカウンターときらめくシャンデリアが美しい気品ある店内には、オーセンティックと呼ぶにふさわしい空間が広がっています。

愛知県豊田市で過ごした大学時代、アルバイトで始めたバーテンダーの仕事に魅せられ、大学を中退してバーテンダーの道へ進んだ三石さん。「豊田市にて飲食店を多店舗展開する企業に約7年勤めました。店長も任されるほど仕事は順調でしたが、僕の作るカクテルに文句を言う人がいなくなってしまって。本当にこのままでいいのかと不安を感じたんです。さらに自分を高めるためにも、バーの名店がたくさんあって、名バーテンダーもたくさんいる日本一のバーの街・銀座で修業をし直そうと、2002年に上京しました」

三石さんが門をたたいたのは、かつて銀座6丁目にあった名店「BAR ル・ヴェール」。帝国ホテルで長きにわたってチーフバーテンダーを務めた、店主・佐藤謙一さんに弟子入りします。
「とても厳しい師匠でしたし、お客様にも鍛えられました。師匠が着用していた白いバーコートは一流の証。カクテルコンテストで初めて優勝したとき、ようやく白いバーコートが着られると思ったら、師匠は『私が選んだ4人のお客様のOKが出たら着てもいい』と。その4人の方たちがとても個性的で。

カクテルを注文しては『おいしくない』と返す人、ただただ黙ってカクテルを飲む人、『この出来だと600円だね』と値段をつける人、そして僕には水しか注文しない人。それはもう打ちひしがれる日々でした」
そうした日々をくり返して1年ほど経った頃、4人から白いバーコートの着用を認められます。「着用する初日、4人の方たちから黒の蝶ネクタイをプレゼントしていただきました。師匠はもちろん、この方たちがいたからこそ、今がある。感謝しています」

2009年、「BAR ル・ヴェール」は師匠の佐藤さんの故郷・秋田へ移転。三石さんは師匠のDNAを受け継ぐ思いで、数寄屋通りに「Bar三石」を開店します。
師匠・佐藤さんの代名詞でもあるカクテル・マンハッタンは、「Bar三石」にとっても欠かせない一杯に。ミキシンググラスで素早く丁寧にステアしたカクテルをショートカクテルグラスの縁ギリギリに注ぎ、そこにチェリーを一粒。グラスからあふれそうでいて、一滴たりともこぼれない、芸術品のような美しさです。


シェーカーで作るカクテルは、師匠が生み出したシェークの技法「ローリングシェーク」で。シェーカーを上下に振るのではなく、手首で細かく回転させていくため、シェーカーの中で氷がぶつかって砕けず、余分な水分が加わりません。お酒やジュースなどの材料を一体化させたような濃密でいて飲みやすいカクテルに仕上がります。


「マンハッタンや僕のオリジナルカクテルを目当てにお越しになる方もいらっしゃいますが、お客様それぞれの好みに合った一杯をご提供したいので、メニューブックはありませんし、“おまかせ”も受け付けていません。

フルーティなものが好き、酸味が強いほうがいい、シュワシュワしたものが飲みたいなど、お好みやその時の気分を伺ってお作りしていく。お酒は棚にしまってあるものも含めると500種類くらいあります。その中からお好みに合わせてカクテルをお作りするのはバーテンダーの腕の見せどころ。バーテンダーはお酒のコンシェルジュなんです」
「Bar三石」では、おなかも満たしてもらえるようにと、三石さんが作るパスタやピザも。ディナーがてら訪れられるのも魅力のひとつです。オーセンティックなバーと聞くと敷居の高さを感じますが、三石さんの気さくで温和な人柄にリラックスできて、緊張感も心地よく感じるほど。銀座という街の懐の深さが伝わってくるようです。


ところで、三石さんご自身は銀座にどんな印象を持っているのでしょうか。
「銀座は文化や歴史を大事にしている街。建物の高さを制限するなど、景観を守ることもそのひとつですが、すごいなと感じるのは、そうした思いを銀座で働く多くの人が抱いていること。同じ方向を向いている人たちが集まっているから、街や人に対するマナーの方向性も一致していくんです。

例えば、ゴミが散乱しないようバケツに入れてゴミ出しをしたり、出勤のときに道端に落ちているゴミを拾ったり。そういうことをみんなが自主的にしているから街がきれい。働く人にとっても、買い物や食事に訪れる方にとっても、街がきれいだと気持ちいいですよね。そういう銀座が、僕は大好きです」
ご近所付き合いのできる“銀座の家族”に会える店に、よくふらりと訪れます
「銀座はきらびやかな街というイメージがあるかもしれませんが、特に数寄屋通り界隈は個人店も多いからでしょうね、今でも長屋のような雰囲気があります。みんなが近所を気にかけていて、しばらく顔を合わせないと気になってしまうような。だから自然と仲良くなるんです。そういう人たちは僕にとって“銀座の家族”のような存在。よく家族のいる店にふらっと食事に出かけます」

老若男女が訪れる、昭和の風情を残す路地裏の食堂/泰明庵
三石さんが“銀座のお母さん”と慕うのが、「Bar三石」からすぐ、「泰明庵」の女将・浜野照子さん。「修行していた頃から通っているので、20年以上のお付き合い。僕が新聞で紹介されたとき、記事を切り抜いてお店に貼ってくれたんです。本当にお母さんみたいでしょ」

昼夜問わず、遠方らかもファンが訪れる銀座の名店のひとつ「泰明庵」は、浜野さんの両親が1955年に創業。もともとは魚屋さんで、後に食堂に転業。現在は浜野さんが女将、弟・江端貞夫さんが店主となって厨房を切り盛りしています。浜野さんによれば、おいしいものが好きな弟が店主になってから、メニューがどんどんと増え、自家製そば、うどん、丼もののほか、刺身や煮つけなど一品料理も多彩に。壁にずらりと並ぶ、短冊メニューの多さに圧倒されます。
「お気に入りは、ざるゴマだれそば。そばはもちろん、風味豊かなゴマだれも美味。ボリュームがあるのですが、ゴマだれがそばちょこではなくお碗で出てくるので、最後までそばにたれをたっぷりつけて食べられます。そばのお供はまぐろ煮。醤油ベースの上品な味付けで、しっとりとした口当たり。おつまみにもぴったりですよ」



東京都中央区銀座6-3-14
素材の持ち味を活かした、盛り付けも美しい創作割烹料理/銀座 しぶ谷
「泰明庵」のはす向かいのビル2階には、三石さんの“銀座の弟”丸子雄一さんが営む「銀座 しぶ谷」があります。「丸子さんは弟のようでもあり、いちばん気が合う仲間でもあります。ふたりで月に2回くらい、勉強を兼ねて、銀座の老舗寿司店や天ぷら屋さんなどにランチに行っています」

丸子さんが腕を振るう「銀座 しぶ谷」は、創作割烹料理の店。北海道から直送される旬の魚介や野菜をはじめ、日本各地より取り寄せた食材を使用。余計な手を加えず、素材の持ち味を活かして調理する品々は、奥ゆかしく繊細な味わいで、美しい盛り付けにも心が華やぎます。三石さんの推しは、銀だらの西京焼き。西京味噌ベースの自家製たれに丸2日漬け込んだ銀だらを弱火でじっくりと焼きあげます。

「コース料理がメインですが、午後9時以降はアラカルトにも対応してくれるので、仕事の手があいたときに晩ごはんへ行きます。銀だらの西京焼きは、西京味噌のほのかな塩気と甘みが、脂ののった銀だらのうまみと調和。口の中でほどけていくような、ふっくらとした食感もたまりません。丸子さん手製のちりめん山椒や、土鍋の炊き込みごはんもおいしいですよ」



TEL03(5537)5620 東京都中央区銀座6-2-7 HK銀座ビル2F
銀座6丁目の名店
6丁目「Bar三石」からバトンを受け取るのは5丁目「神戸牛炉釜炭焼ステーキ 銀座一宮」です
「神戸牛炉釜炭焼ステーキ 銀座一宮」は、オーナーシェフの一宮宏行さんが、但馬牛血統の最上級神戸牛を炉釜で炭火焼きするステーキが味わえるレストラン。「一宮さんは僕より少し年上なので、“銀座のお兄ちゃん”のような存在。背が高くて大きくて、強面で、一見、怖いイメージですが、とても気さくな方です。職人気質で妥協のない一宮さんのステーキは、多くの美食家を魅了しています」(三石さん)
PHOTO/NORIKO YONEYAMA TEXT/MIE NAKAMURA