2025年6月29日(日)まで、松屋銀座1階正面ショーウインドウ、地下ショーウインドウをはじめ、店内各所で「日本の夏」と題したディスプレイを展開中。福井県の伝統工芸品である“越前和紙”と、主要産業のひとつであるリサイクル可能な“発泡スチロール”を使い、夏の青空と雲、颯爽と飛ぶツバメを表現しています。越前の産業とアートが融合した今回の展示ができるまでのストーリーを、デザイナー、職人のインタビューとともに紐解きました。
福井の伝統工芸と産業で表現する、松屋銀座100周年の夏ディスプレイ
松屋が2020年から取り組んでいる「地域共創プロジェクト」。100周年を迎える今年は、より一層日本各地とのつながりを大切にし、商品開発や店頭装飾などにも反映されています。2025年6月4日(水)~6月29日(日)にかけて展開されるディスプレイのテーマは「日本の夏」。松屋銀座を訪れるお客さまの気分を盛り上げるべく、夏の清涼感を表現するにあたって選ばれた素材が、福井県越前市の産業のひとつである発泡スチロールと越前和紙でした。

越前和紙との出会いから始まった、ディスプレイ空間への探求
松屋銀座の担当者・吉川さんは、2022年2月の「大日本市」で山次製紙所の越前和紙に出会いました。「浮き紙」の技術に可能性を感じ、ディスプレイに何かしらの形で使えないかと考えました。
その越前和紙に異素材を合わせ、ハイブリッドな表現を目指して選ばれたのが、同じ越前の地にある松原産業の発泡スチロール。漁業文化のある日本では、発泡スチロールは昔から親しまれてきた身近な素材です。吉川さんは発泡スチロールに対し、環境に良い素材というイメージは持っていませんでした。しかし、松原産業と話していくうちに、リサイクルが可能で、さらに食べたとしても害があるものではないことがわかり、深く興味を持ったそう。世間にあまり知られていない、日本の産業、発泡スチロールという素材に対しての知識も伝えていきたいと話します。実際に今回のショーウインドウで使用されたものも、展示後はリサイクルに回される予定です。
どちらの企業も、各分野で独自の技術を持ち、素晴らしいものづくりを行っています。
そして、この2つの素材の魅力を最大限に生かすべく、デザイナーとして白羽の矢が立ったのは、株式会社MYAT一級建築士事務所を主宰する吉里光晴さん。建築家である吉里さんがディスプレイのデザインをすることで、伝統工芸品や伝統産業をアップデートした空間を作り上げられる、そんな期待から依頼が実現しました。

発泡スチロールと和紙を生かす建築家ならではのデザインとは?
素材の組み合わせ方や構造に対する考え方など、建築的なアプローチがふんだんに盛り込まれた今回のデザイン。その一つひとつに吉里さんのこだわりが詰まっています。
「雲は、空気中の無数の水滴や氷の粒が集まって生まれる、自然がつくる構造体とも言えます。今回はその“構造としての雲”という視点を正面玄関と地下の大きなショーウインドウに落とし込んでいます。具体的な表現として、切れ込みを入れた発泡スチロールを嵌合させることで立体的な雲に仕上げています」

「地下に連なる8つの小さなショーウインドウと地下鉄に近い大きなショーウインドウでは、切り込みを入れた和紙を使いました。和紙の形状、切り込みの形や大きさとピッチ(間隔)を変えることで、和紙の自重で自然に垂れ下がり、最終的なフォルムに落とし込まれます。発泡スチロールも和紙も“雲”から着想していますが、まったく別のアプローチからデザインしています。だからこそ、異なる素材が活きたおもしろいディスプレイになっていると思います。建築家が関わった意味もそこに出ているんじゃないでしょうか」(デザイン/MYAT・吉里光晴さん)








発泡スチロールと和紙をどのように使うか、最初は悩んだという吉里さん。福井県越前市まで足を運び、2つのものづくりの現場を実際に見たり、体験したりしたことでディスプレイのアイデアが生まれたといいます。
「松原産業さんの工場を訪れた際、金型を使って自由な造形ができることを知り、そこからアイデアを展開していきました。切り欠き(くぼみや切り込み)の形状や表面の凸凹まで金型で造られている点は建築の考え方に近いと思います。さらに熱でプレスされたことで表面に独特の光沢感が出るんですね。今までに見たことがなかったので、それがとてもおもしろいなと思いました。
山次製紙所の工房にも伺い、実際に手漉(す)き(職人さんが和紙の原料を水と一緒にすいて、一枚一枚手作業で紙をつくる伝統的な製法)も体験しました。いろいろな和紙に触れる中で、思っていた以上に強度があることも知ることができたんですね。そこから“和紙に切れ目を入れて自重で伸ばす”というデザインにたどり着きました。松原産業さんと山次製紙所さん、どちらも実際に訪れていなければ、まったく違うディスプレイになってしまっていたと思います」(デザイン/MYAT・吉里光晴さん)
デザイナーの要望に応えることで広がった発泡スチロールの可能性
発泡スチロールの特性をそのまま活かし、メイン素材としてアート作品に使用されるのは、松原産業として初めてとのこと。吉里さんの想いのこもった発注を受けて、卓越した技術力で応えました。
「これまでデザイナーさんから発注されたものをあまり作ったことがなかったので、どうやって要望に合わせるか、というところが大きなポイントでした。
発泡スチロールの主な用途は、魚を保存して運ぶための箱や、梱包材、緩衝材といったいわば裏方の存在です。そのため、これまでは表面の見た目を重視することがなかったんです。でも今回は、完成したものが直接お客さまの目に触れるということで、仕上げにはかなり気を使いました。
複雑な形状を金型で作っていくわけですが、設備が大きいため、細かいところまで直接見ていただくことが難しいんです。ですので、デザイナーの吉里さんとイメージをすり合わせるのに特に時間をかけました。
それから、意外と知られていないのですが、国内で生産、使用されている発泡スチロールは94.2%がリサイクルにまわされていて、実はエコ素材なんです。今回の松屋銀座さんの展示でそのことを多くの方に知っていただくきっかけにもなればいいなと思いますね。発泡スチロールという素材が表舞台に出ることが本当にうれしいなって思います」(発泡スチロール制作/松原産業・上田昌範さん)





凹凸をつけたオリジナル技法の越前和紙「浮き紙」で描く新しい世界
今回のディスプレイを制作するにあたり、山次製紙所の和紙デザインのなかから松屋銀座が選んだ柄は「墨流し」「双弓」「ロープ」「幾何学」。この4つの模様に、5種の染色+白を合わせた6パターンです。それらを組み合わせることで、きれいなグラデーションが実現しました。
「紙がたなびいている様子ですとか、水を掬(すく)ったときの水面の動きですとか、私たちが紙漉きをしているときに見える景色を和紙のデザインに落とし込むことが多いんです。そのデザインに夏のイメージを重ねていただけて光栄です。それから、切り取る部分で見え方が変わる柄の和紙を作品に使っていただくことがあまりなかったので、そこもうれしいですね」(越前和紙制作/山次製紙所デザイン担当・谷口 美紗貴さん)
「うちで開発した“浮き紙”は、凹凸の模様が特徴です。その凹凸にスクリーン印刷で色を載せることで浮き出て見えるので、“浮き紙”と名付けました。裏側は平面なので自由に貼り付けたりすることができるんですよ。和紙は使ってこそ価値が出る素材なので、アートとしての見せ方をしていただいたことに感謝です。このディスプレイがきっかけで、越前和紙というブランドを認知してもらいたいですし、毎年浮き紙の模様を公募する企画も行なっていますので、それに応募してくれる方が増えたらうれしいですね。それが1500年続いてきた伝統を守ることにもつながると思っています」(越前和紙制作/山次製紙所・山下寛也さん)





最後に、ディスプレイに使われているツバメのモチーフについて。ツバメが巣を作る家は縁起が良いとされ、商売繁盛や家内安全の象徴とされてきました。そして実は松屋銀座とツバメは深い関りがあるのです。本館の裏手、「事務棟」と呼ばれている東館の1階軒先に、松屋銀座が野鳥保護のNPOに協力して取り付けた人口巣があります。ツバメのヒナが巣立つ7月頃まで子育て中の様子を見ることができますので、ご興味がありましたらお立ち寄りください。


館内のあちこちでも見られる「日本の夏」のディスプレイに注目!

「日本の夏」をテーマにしたディスプレイは、正面・地下ウインドウのほかに、1階正面玄関を入ってすぐのスペース、3階~5階の階段前スペース、7階のギフトラウンジ「おりふし」、計5カ所でも展開しています。松屋銀座それぞれの場所で、いろいろな「日本の夏」の表情を見せていますので、素材の使い方や表現の違いなどをチェックしてみてください。
会期/2025年6月4日(水)ー6月29日(日)
会場/松屋銀座1階正面口ショーウインドウ、地下各ショーウインドウなど
協力企業/山次製紙所
松原産業株式会社
株式会社MYAT一級建築士事務所 吉里光晴
Instagram:@myat.co.jp
HP:https://myat.co.jp/
PHOTO/NORIKO YONEYAMA TEXT/AKIKO ICHIKAWA