歴史と伝統が息づく銀座に、新たなカルチャーを呼び込んでいる銀座1~8丁目の新・名店の店主にバトンをつないでもらいながら、「銀座の街」のことをインタビュー。第3回は、歌舞伎座の裏手にひっそりと佇む銀座3丁目の「bar cacoi」の大場健志さんにお話を伺います。

銀座3丁目の名店店主
bar cacoi
店主
大場健志さん
PROFILE
大学卒業後、一般企業に就職するもバーテンダーに転身。2006年に独立、2012年銀座3丁目に「bar cacoi」を開店。2019年「トークン・ビターズ カクテルコンテスト」優勝、2022年よりアイリッシュウイスキー「ブッシュミルズ」の ブランドアンバサダーを務める
“好き”になった銀座で、襟を正しバーテンダーとして歩み続ける
かつて木挽町と呼ばれていた歌舞伎座周辺エリア。江戸城改築の際に木挽職人を多く住まわせたことが、地名の由来と言われています。そうしたDNAが土地に受け継がれているのか、旧木挽町には職人気質を感じる専門色の強い個人店が充実。銀座3丁目の裏通り、2012年開店の「bar cacoi(バー カコイ)」もそのひとつです。

店主の大場健志さんと銀座のかかわりの始まりはその5年前。2006年に独立した大場さんは渋谷の雑居ビルにバーを開きますが、開店からわずか1年でビルは取り壊されることになりました。
「事情を知ったお客様から『銀座7丁目に和食レストランを開くから、店舗の一角でバーをやってみないか』と、お誘いいただきまして。またとないチャンスなので、即決でお引き受けしました」。そのレストランは料亭が集まるエリアにあり、バーには近所の料亭で食事を楽しんだ人や料理人たちが集まってきます。

「私はもともと和の世界観が好きで、『bar cacoi』という店名は、茶室の“囲い”に由来します。ですから、和の世界を深く知る方たちとの出会いは、和の考え方、季節の表現の仕方、器の使い方など多くのことを学ぶ貴重な機会になりました」

しかし7丁目のレストランは約3年で閉店。大場さんは再び渋谷でバーを開きますが、約1年で銀座へ戻ってきます。
「渋谷も好きなんですよ。でもそれ以上に銀座の街が好きになったんです。すごく奥深い街だなと。料亭などの老舗もあれば、昔ながらの大衆居酒屋や昭和なレトロなビルもある。同じ3丁目でも中心地、有楽町寄り、東銀座界隈で雰囲気が違うので、歩くのが楽しくて。

なかでも、旧木挽町に漂う下町っぽさに惹かれました。しかもこの界隈は店主の顔が見える個人店が多いんです。前回は偶然が重なって銀座に出店できたので、今度は自分の意思で、銀座で再スタートすることしました」
2012年、銀座3丁目に開いたカウンター8席の「bar cacoi」は、土壁風の壁や欄間、掛け軸などを配してさりげなく和を演出。ロウソクが灯る隠れ家のような雰囲気の中、“ビンテージ”と“クラフト”をテーマにしたお酒が楽しめます。

「ビンテージはウイスキーが中心、クラフト系は福岡の焼酎蔵のラム酒、チーズのような発酵感のある岩手県のどぶろくなど、日本各地の蔵元を訪ねて、個性的な酒を選りすぐりました。岐阜県の蒸留所によるcacoiオリジナルのアブサンもありますよ」


そうしたお酒をよりおいしくしてくれるのが、大場さんがコレクションしてきた器たち。「ビンテージはアンティークのグラス、クラフト系は作家さんの器で飲んでもらうと、双方のテンションが合って、飲む人の気分も高めてくれると思います」
大場さんの得意分野のひとつが、和のカクテル。宇治抹茶、ミルク、和三盆、ジャパニーズウイスキーと組み合わせる定番「濃厚抹茶ラテ」のほか、出身地・埼玉県狭山産の緑茶やほうじ茶を使用したカクテルも揃います。

「定番はいくつかありますが、基本はお客様に好みなどを伺いながら作ります。和ものなら、焼酎や日本酒をベースにしたり、お茶以外ですと柚子やワサビを素材にしたり。季節感も出したいので、高知の柑橘類など旬のフルーツやハーブ類も使います。ウイスキーとパッションフルーツ、ジンとピパーチ(沖縄・八重山諸島のスパイス)を組み合わせるなどした一風変わったお酒も用意しています」
ビンテージやクラフトをキーワードに、器や季節感を重視して、素材のかけ合わせも楽しむ…そんな和の美意識や価値観を感じる大場さんの1杯を目当てに、足しげく通う常連も多いとか。


「ディナーの後にふらりと立ち寄られる方、お酒は飲めないけれどバーの雰囲気を楽しみたいと来てくださる方も。最近は外国人のお客様も増えました。
銀座に食事や買い物に来る方たちは銀座で過ごすことにステイタスを、もてなす側は銀座をリスペクトし、この街で働くことにプライドを持っているように感じます。私も銀座に身を置く一員として恥ずかしくないよう、襟を正して、この店を続けていきたいですね」
銀座には敷居が高すぎず、カジュアル過ぎない“和のお店”めぐりが楽しい街です
「銀座では敷居の高さを感じる場面に出会うこともありますが、手の届く範囲で日本の伝統、格式、美意識を感じさせてくれるスポットがたくさんあります。とはいえ、決してカジュアル過ぎず、ちょっと背筋を伸ばして訪れたくなる特別感。それでいてとても居心地がよかったりするんです。時間があると、そういうお店を訪れて銀座を楽しんでいます」
品格とモダンを感じる暮らしにすっとなじむ器たち/日々

そんな大場さんのお気に入りの1軒が、銀座凮月堂ビル3階の器のギャラリー&セレクトショップ「日々」。路地のような空間を抜けると、洗練された数寄屋造りの店内へ。樹齢1000年の杉を使った一枚板のテーブルに器たちが美しく並んでいます。



「1組の作家を取り上げる作品展と、取り扱い作家の作品が勢揃いする常設展が月に数回ずつ行われているので、訪れるたびにいろいろな作家の器に出会えます。しかも日常使いできるものが充実。器好きにはたまりません。特に淡く繊細な色彩が素敵な田中信彦さんの器が好きで、バーで使わせていただいています」
店舗の入口には、同ビルの工房で作ったお菓子が並ぶ「今菓子司 銀座凮月堂」が。茶房もあるので、甘いひと休みにもぴったりです。
一流料亭出身の店主が作る心もほぐす煮魚のランチ/いしだや

もう1軒のお気に入りは、bar cacoiのすぐ近く、日本料理店「いしだや」。靴を脱いで上がる店内には栗の木のカウンター。和やかな和の空間に心がほっと安らぎます。
「店主の石田康之さんは一流料亭・吉兆のご出身。毎朝、豊洲市場へ足を運んでご自身で仕入れされています。ランチは行列必至の人気店ですが、煮魚定食は並んででも食べたいおいしさ。締めに出てくる手作りの甘味も絶品です」


東京都中央区銀座3-13-2登栄東銀座ビル B1F
写真は本日の煮付け・オニカサゴの定食2000円。甘みのある濃い目の味付けは鉄釜で炊くごはんと相性ぴったりで、もりもりと食が進みます。定食はほかに定番のサバの味噌煮、銀だらの煮魚など。お造りの定食も揃います。いずれもごはん、浅漬け、小鉢、味噌汁、デザート付き。
銀座3丁目の名店

bar cacoi
TEL. 03(6264)0590
住所/東京都中央区銀座3-14-8銀座NKビルB1F
営業時間/午後6時~翌午前2時(L.O.翌午前1時30分)
定休日/不定
チャージ/1名1000円
アクセス/東銀座駅より徒歩3分
Instagram:@barcacoi
3丁目「bar cacoi」からバトン受け取る4丁目の名店は「ぎんざ鮨一代 有吾」です
「大将が仕入れも仕込みもすべて行う、現代江戸前鮨のお店です。銀座には鮨の名店が数多くありますが、その中でも今日はちょっと贅沢に銀座で鮨を…という気分に無理なく応えてくれます。特にランチは1500円~という値段に驚かされます。にぎりもよいですが、ばらちらしも捨てがたい。満足感が高く、下町っぽい気やすさも感じられます」(大場さん)
PHOTO/MASAHIRO SHIMAZAKI TEXT/MIE NAKAMURA