歴史と伝統が息づく銀座に、新たなカルチャーを呼び込んでいる銀座1~8丁目の新・名店の店主にバトンをつないでもらいながら、「銀座の街」のことをインタビュー。最終回は、季節のフルーツを使用したスタンダードカクテルで、お酒の楽しい文化を広げる、銀座8丁目「BAR GINZA 江(こう)」の店主・江崎英夫さんにお話を伺います。

銀座8丁目の名店店主

BAR GINZA 江
店主
江崎英夫さん

PROFILE

徳島県出身。1940年創業のバー「スペリオ」の3代目店主のもとで修業を積んだ後、日本のミクソロジーカクテルの先駆者・北添智之さんからフルーツカクテルを学ぶ。2013年、銀座8丁目に「BAR GINZA 江」を開店。2024年には、商業施設「豊洲千客万来」に2号店をオープン

四季折々のおいしい実りをスタンダードカクテルで

正統派からカジュアル派まで多様なバーが密集し、世界指折りのバーの街でもある銀座。そんな銀座で腕を磨いたバーテンダーの江崎英夫さんが営むのが、銀座8丁目の「BAR GINZA江」。旬のフルーツを使用したカクテルが名物の隠れ家的バーです。

「学生時代は新体操をやっていて、全国大会や国際大会にも出場していました。大学生のとき、試合の遠征費用などを捻出するため、夜働けるバーテンダーのアルバイトを始めましたが、これがとても楽しくて。天職と感じたんですね。日々、練習を重ねて技術を磨き、上達していくという過程は、新体操もバーテンダーも同じ。当時からそういう共通点を感じていたのだと思います」

そう話す江崎さんは大学卒業後、本格的にバーテンダーの道へ。1940年創業の銀座のバー「スペリオ」で修業を始めます。

「古くからの常連さんもたくさんいらしたスペリオでは、人と人、人と場所がつながっていくことの素晴らしさを日々体感しました。これが銀座の魅力なんだなぁと。著名な方も多くいらしてましたし、銀座の伝統や歴史を重んじているお客様から街の昔話を伺うのも楽しかった。技術だけでなく、“人”を学ぶこともできた、かけがえのない経験となりました」

江崎さんはスペリオでの約6年間の修業の後、さらに視野を広めようと新天地へ。フレッシュな果物やハーブとスピリッツを組み合わせて作るイギリス発祥の“ミクソロジーカクテル”を日本に広めた第一者・北添智之さんの元で経験を重ねていきます。

「当時、ミクソロジーカクテルは日本に入って来たばかり。バーテンダーとして銀座の店舗に立つこともありましたが、その技術をホテルや街中のバーに提供したり、企業とコラボしてバーを立ち上げたりすることが大きな役割でした。いろいろな街のバーに携われたことで、銀座の素晴らしさに改めて気が付くこともできました」

そうして築きあげたキャリアを礎に江崎さんは独立。2013年に旬のフルーツで作るカクテルを看板メニューにした「BAR GINZA 江」を銀座8丁目に開きます。

素材となるフルーツは、高級果物専門店と同じ豊洲市場の仲介業者から仕入れ。毎朝市場を訪れ、一つひとつ江崎さんの自身の目で選んでいます。フルーツの種類は多いときで20種類くらい。これからの冬シーズンは、イチゴ、柿、みかん、デコポンをはじめとする柑橘類のほか、安納芋も素材になるそう。

そんな江崎さんのシグネチャーカクテルともいえるのが、季節のフルーツのモヒート。この日は、旬のイチゴ・とちあいかを使用。ベースのラム酒と2粒のイチゴをブレンダーにかけ、ミントたっぷりのグラスへ。口にしてみると、調和するラム酒とイチゴの甘みをミントの爽やかな風味が引き立て、なんとも優しい口当たり。イチゴをそのまま味わっているようなおいしさです。

独立する前に、モヒート専門店の立ち上げ、運営にも携わった江崎さん

「フルーツのカクテルを作るときに心がけているのは、フルーツそれぞれが持つ香りに近しい風味を持つスピリッツやウイスキーを組み合わせること。現在のミクソロジーカクテルは材料の組み合わせが多様化し、より自由な発想で作られるようになりましたが、その原点はとてもシンプルなんです。

日本でのミクソロジーカクテルの出発点に立ち会えた者として、そうした原点は残していきたいですし、スペリオで培ったスタンダードカクテルの基本も大切に守っていきたい。歴史や伝統を重んじる人々が集って、つながりを大切にしていく銀座って、そういうことに気付かせてくれる街なんです」

8丁目には、銀座で脈々と受け継がれる文化や、この街らしさがぎゅっと詰まっています

「8丁目は銀座で最もなじみのあるエリア。数年前に7丁目へ移転しましたが、私の銀座の出発点『スペリオ』も8丁目でしたし、独立前の仕事でも何かと縁があって、8丁目とは25年以上の付き合いになります。 

私がスペリオで働き始めた頃、この界隈は週末の人出がなく、とてもひっそりとしていました。近年は買い物客や外国からの観光客が増え、週末も賑やかになりましたが、8丁目にはいい意味で“時代に流されない”モノやコトが残っている。そんなところに愛着を感じるんです」 

銭湯もナイトクラブもある金春通り界隈の8丁目

江崎さんが語る“時代に流されない”モノやコトのひとつが、金春(こんぱる)通り。江戸時代に能楽の金春流の屋敷があったという全長約130mの通りには、飲食店が軒を連ね、縦長にずらりと連なる看板も印象的です。

「金春通りを象徴するのが、江戸末期創業の銭湯『金春湯』。館内に一歩入ると昭和レトロな雰囲気が広がり、浴場のペンキ絵やタイル画も風情たっぷり。私も開店前によく利用していますが、近隣の飲食店で働く人たちの憩いの場、交流の場になっていて、知人や友人にばったり会うことも。これからもずっと残してほしい銀座の文化です。

銀座ならではの文化と言えば“ナイトクラブ”もそのひとつ。大人の社交場でもあるクラブは、銀座の夜の文化を広げてくれた大きな存在です。クラブがあったからこそ、その周辺に料理店やバーが次々と誕生し、さまざまなジャンルの飲食店がひしめく街が形成されていったのだと思います。8丁目にも開店から30 ~40年以上経つクラブがありますが、みなさん襟を正して、銀座に誇りを持ちながら続けられている。そういう姿も素敵なんですよね。リスペクトしています」

8丁目で愛された名店店主の料理も思いも継承/翛

江崎さんが「銀座らしい人と人のつながりを感じる1軒」と話すのが、2024年にオープンした8丁目の日本料理店「翛(ゆう)」です。

「この店はもともと、大羽耕一さん、里枝さん夫婦が41年間営んでいた『大羽』という日本料理店でした。高齢のため、引退を考えていた大将の大羽さんから店を引き継いだのが、赤坂の名店『割烹 津やま』で経験を積んだ髙橋佑介さん。彼はもともと銀座の料理店で修業をしていて、その頃から大将と交流があったそうです」

メニューは「大羽」のときと同じアラカルトのスタイル。その日のメニューが書かれた黒板には、大羽さんからレシピを受け継いだ豚バラニラ、羽釜で炊くごはんにハラスのせた一品のほか、お造りや焼き魚、ポテトサラダ、コロッケなど、日々の食事にしたくなる品々が並んでいます。


髙橋さんは大羽さんと開店の半年ほど前から引き継ぎの準備を進め、休みの日に集って、大羽さんのレシピを教えてもらったり、今後のメニューを相談したり。着々と準備を進めていきましたが、2023年12月、閉店まであと数日というときに大羽さんはお亡くなりになったそう。「翛」という店名には、大羽さんの“羽”を入れたいとう高橋さんの思いが込められています。

銀座8丁目の名店

BAR GINZA 江

TEL03(3569)6780
東京都中央区銀座8-7-2堀越ビル3F
営業時間/午後7:00~午前3:00(午前2:30最終入店) 土~午前0:00
定休日/日・祝
アクセス/銀座駅より徒歩5分
BAR GINZA 江HP

PHOTO/NORIKO YONEYAMA TEXT/MIE NAKAMURA