松屋銀座開店100周年をきっかけに、ハンドメイドガラスメーカー〈Sghr スガハラ〉に誕生したグラス「水-MIZU-」。こちらは限定商品ではなく、松屋銀座の担当バイヤーと〈Sghr スガハラ〉が“新たな定番製品を”との想いで開発したもの。コンセプトは“水を飲むためのグラス”。その誕生の経緯をご紹介します。

千葉・九十九里に工房を構える「菅原工芸硝子」とは

〈Sghr スガハラ〉ブランドでおなじみの「菅原工芸硝子」は1932年に創業。当初は受注生産が中心でしたが、1970年代に自社開発・販売をスタート。ガラスのことを知り尽くした職人たちのデザインによる新製品を毎年生み出し、現在では4000種類を超えるオリジナル製品が揃います。千葉・九十九里の工房にはショップやカフェも併設され、地域の名所となっています。

創業以来、手仕事によるガラス製造にこだわり、現在も約30人の職人がすべて手作業で製造しています。そのものづくりのコンセプトは、「使い手の暮らしを彩り、寄り添うもの」。〈Sghr スガハラ〉のガラス製品は、精緻な造形でありつつ、手に取ると手仕事のゆらぎや温かみが伝わり、使うたびに喜びを感じられるものばかりです。

ともに作りたいのは限定品ではなく、未来の定番

直線的なラインを描きつつ、厚めに取られた底の角はまろやかな曲線を描く「水-MIZU-」グラス。このグラスは、松屋銀座開店100周年をきっかけに「スガハラショップ」担当バイヤーの蓑輪正太郎さんの提案で生まれました。

「松屋銀座開店100周年の2025年は、『スガハラ松屋銀座店』の開店10周年にもあたります。せっかくの機会なので、一過性のものではなく、未来に続くような取り組みにしたくて」と蓑輪さん。

〈Sghr スガハラ〉には1996年の発表以来、不動の人気を誇る「DUO」シリーズがあります。

「いつか『DUO』グラスを超えるような定番製品が生まれたら」という、ショップ店長の日下さんやショップ統括の中島さんとの何気ない会話を心に留めていた蓑輪さん。

この記念の年に、未来の定番製品を作るアイデアを二人に提案し、このグラスのプロジェクトが動き出したのです。

物事の根源に立ちかえるデザインの視点を取り入れて

蓑輪さんは、日本デザインコミッティーのメンバーがセレクトしたデザイングッズを扱う「デザインコレクション」の担当バイヤーでもあります。

長く「デザインコレクション」に関わる中で、日本デザインコミッティーのメンバーの方々の考え方や審美眼に刺激を受けてきたのだそう。

「今回の協業は菅原工芸硝子さんと“デザインの松屋”によるものなので、微力ながら私がお手伝いできるとすれば、デザインの根源的な視点を取り入れることかと考えました」と蓑輪さん。

グラスで飲む液体はさまざまあれど、その根源は「水」。そこで今回作るのは「水」のためのグラスということに。水にフォーカスしたグラスは、4000を超える〈Sghr スガハラ〉の製品にもなかったといいます。

「菅原工芸硝子」社長の菅原裕輔さんも、このアイデアは「使い手の暮らしを彩り、寄り添う」という〈Sghr スガハラ〉のコンセプトに合致すると感じたそう。

「水を飲むという当たり前の行為が、このグラスを使うことで高揚感を感じるものになれば素敵ですよね。個人的にもガラスは水を入れたときが最も綺麗だと思っているので、いいアイデアだと思いました」と菅原さん。

水を飲む行為を分析し、使い心地のよさを数値化

〈Sghr スガハラ〉の職人も含め、“水を飲むためのグラス”をテーマにアイデアを出し合い、蓑輪さんと日下さん、中島さんで何度も協議を重ねました。

「朝に水を飲む行為を分析し、デザイン設計を行いました。起き抜けにストレスなく使える大きさや重さは? 朝、水を何口飲む? その一口は何ml?と、実際にさまざまなグラスを試しながら数値化しました」(蓑輪さん)

ロジカルなアプローチで割り出した重さは180g。入れる水の量は“2ゴクリ”で飲める200ml。水に適した飲み口の厚みや200mlの水を入れて美しく見える容積にもこだわり、直径約8×高さ約9cmというサイズに決定しました。

「既に多くの製品がある中であえて作るものとして、道具でも美術品でもない造形を目指しました。イメージは、朝起きたとき自然と手に取り、長く使える“私だけのグラス”です」(蓑輪さん)

持ったときの安心感があるよう、「底肉」と呼ばれる底の厚みも検討を重ね、1.5cmほどに設定。底に適度な重みがあることで、持ち上げれば握らずとも手になじむようになっています。

「『デザインコレクション』に携わる中で “良いデザインは人の所作を生む”という言葉が印象的で。無意識のうちに美しい所作が引き出されるよう心を砕きました」(蓑輪さん)

繊細な模様に、ガラス職人の手仕事の技が宿る

グラスのデザインを検討していく中で、〈Sghr スガハラ〉では試作品の制作を重ねました。

菅原さんは語ります。「〈Sghr スガハラ〉では職人がものづくりからデザインを発想し、制作していく中で見たこともないガラスの表情に出合えたりするので、基本的に開発段階で絵を描かないんです。まず手を動かして作ってみないとわからないことが多くて」

そのため試作品の数は、ディテールの違うものも含め100種類近くも! その中から最終的なデザインを絞り込み、色は水が映えるクリアカラーに決定。

ラインや泡で表情を加えるアイデアは、〈Sghr スガハラ〉の開発責任者で、「江戸硝子」の伝統工芸士でもあるガラス職人、松浦健司さんの提案で実現しました。

松浦さんは、「水を飲むとき何に心惹かれるか。それは水の透明感やキラキラした輝き。水を美しく輝いて見せるためには、表面に模様を施した方がいいなと。複数の模様を用意すれば、模様によって水の見え方が変わり、気分で使い分けることもできます」

その結果生まれたのは、模様のないプレーンなグラスと、細かな泡が入ったもの、さりげないラインが施されたもの、そしてまっすぐなラインと、斜めのラインという5種類です。

水を引き立てる、主張しすぎない繊細なライン。これはカットで施されたものではありません。「私たちは、溶けた柔らかいガラスから生まれる表情を大事にしているので、すべてガラスが柔らかいうちに模様を施しています」と菅原さん。

松浦さんは「縦ラインは難しいので、親方の担当です」と笑います。“親方”とは、御年75歳の現役職人、塚本衛さんです。

斜めのラインは、そのまっすぐなラインをねじって作るのだそう。〈Sghr スガハラ〉の職人たちの技術力の高さを実感する意匠です。

手にやさしくなじむグラスに、2社の魅力が融合

松浦さんは、「実際に水を飲んでみましたが、底の丸みや厚みが持ったときに手にやさしくなじんで心地いいですね」と微笑みます。

蓑輪さんによると、「デザインコレクション」で扱うものは直線的なものが比較的多いのだそう。「このグラスは、上半分はそれに近いけれど、下半分の柄や底肉の厚さ、角の丸みに〈Sghr スガハラ〉さんらしい温かなクラフトマンシップが表れている。協業ならではのものができました」と納得の表情。

菅原さんも「2社がゼロからともに考えて、〈Sghr スガハラ〉の職人たちの知識や技術、興味が活かされながら、デザインコレクションを擁する松屋銀座さんならではの視点と融合して、新しい価値が生まれたと感じています」とうなずきます。


あとは使い手の方々がどうお感じになるかですね、と顔を見合わせる3人。このグラスは現在、「Sghr スガハラ 松屋銀座店」と「松屋オンラインストア」にて先行発売中。7月頃から、〈Sghr スガハラ〉の直営店やオンラインショップでも販売予定です。

「通常、コラボ製品はその関係先だけの販売になることが多いので、この販売形態も松屋銀座さんならでは」と菅原さん。

蓑輪さんは「うちのためだけではなく、〈Sghr スガハラ〉さんの未来につながるものを、との想いで作ったもの。より多くのお客さまに手にとっていただけたら嬉しいです」と語ります。

2社の魅力が融合したこのグラス。毎日使っても飽きのこないシンプルな造形とやさしい感触、穏やかなきらめきが、水を飲む習慣を心地いい時間に変えてくれます。

溶解炉で柔らかく溶けたガラスを拭き竿に巻き取ります。まずはピンポン玉大の「下玉」を作り、その上から2層目を重ね巻きます

「水-MIZU-」のために作った型にガラスを入れ、息を吹き込み成形。撮影時は「泡」を制作。型に入れる前にごくわずかな重曹をつけることで泡が生まれます

型で成形したグラス。この後、竿から切り離す→徐冷炉で2時間半かけて冷ます→余分な部分をカット→飲み口を研磨→断面を焼いて滑らかに、という工程をたどります

「水-MIZU-」グラスが買えるショップ

松屋銀座7F
Sghrスガハラ松屋銀座店

「職人たちのものづくりをしっかりと伝えたい」と考える〈Sghr スガハラ〉は直営店での販売が中心ですが、“デザインの松屋”で自社製品を紹介したいと、百貨店では関東で唯一、松屋銀座にショップを構えています。テーブルウェアから花器、アクセサリーまで幅広いラインナップ。

Tel:03-6228-7235 
営業時間 11:00~20:00(日曜・連休最終日〜19:30)
※営業日・営業時間は松屋銀座店に準じます

PHOTO/KAZUHITO MIURA TEXT/MIYO YOSHINAGA