2025年4月29日(祝・火)ー5月13日(火)まで開催される「松屋銀座 開店100周年アニバーサリーウィーク」。お客さまを晴れやかにお迎えするために、松屋銀座の出入り口5カ所に、日本の、奈良の、伝統が息づく麻織物「奈良晒(ならざらし)」が掲げられます。1階正面ショーウィンドウには一番大きなもので、なんと縦約2.5m、幅約4.2m。今回、約160年に渡って奈良晒の伝統技法を現代に受け継ぎ守る職人に、製作秘話や込めた想いを伺いました。

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「魔を除ける」麻ののれんを掲げて、100周年を祝う

日本各地の伝統工芸や産業、文化などを松屋ならではの感性を掛け合わせて表現する「地域共創プロジェクト」。松屋銀座では2020年より、日本の魅力の再発見と新たな可能性を見出すため、店内のしつらえなどに取り入れています。

100周年を迎えた松屋銀座の、おめでたい日々を彩る装飾テーマは「縁起をくぐる」。今回、奈良の伝統的な麻布「奈良晒」でのれんを仕立てるにあたり、現在、その唯一の製造元である織元「岡井麻布商店」が製作を担当しました。

麻布ののれんは「麻(魔)を除ける」という意味から、商売繁盛につながると言われ、人気のアイテムです。

「松屋銀座の7階には、奈良県のものづくりが集積したショップ「N・A・R・A T・E・I・B・A・N(ナラ テイバン)」があり、県を挙げて地域産業を盛り上げる姿勢と、松屋銀座が目指す地域共創の想いに近しいものを感じています。

奈良晒は、江戸時代から続く高級麻織物で、幕府の御用品としても重用されていました。手織りのすばらしいクオリティの織物で、100周年を迎える松屋銀座に彩りを添えてくれると思いました」(松屋銀座・吉川さん)

一部ののれんには、古来より縁起の良いモチーフで、松屋の社章にも採用している「松鶴マーク」も藍色で染め入れます。

江戸時代、武士が愛用した奈良晒

晒(さらし)は、すでに室町時代には生産されていましたが、奈良での生産が盛んになったのは江戸時代に入ってからです。奈良晒は、撚(よ)りのない糸で織られているため、吸水性も良く、染色もしやすい特徴があります。また夏はひんやりとした肌触りですが、保湿効果もあり、冬でも使いやすいことから、武士が着る裃(かみしも)の生地として使われました。徳川幕府の御用品となったことから、全国のその名が知られるようになり、江戸中期には、奈良町の主要な産業として成長しました。

しかし、幕末から明治となり、武士の衰退と新政府の樹立から需要が減少。そんな折り、「岡井麻布商店」は1863年(文久3)に創業し、現在に至るまで、その技術を守っています。

「今回、100周年記念ののれん製作のお話しを聞いたとき、『こんな片田舎の家族で機(はた)織りをしているところに!』と、信じられない気持ちが勝りました。でも、とても面白い取り組みだとも思いましたね。こんな機会、まずないじゃないですか。そもそも、これほど大きなのれんを作ったこともありませんし、何より、100周年というとてもおめでたいタイミングにご一緒させていただけることにうれしさと使命感を感じました」と岡井大祐さん。

大型ののれんを奈良晒で作るという挑戦

奈良晒の製造には手間暇がかかります。まず「苧績み(おうみ)」と呼ばれる麻糸づくりがひと苦労。材料となる大麻の葉を真水に漬けてあく抜きを繰り返し、絞り、重ねて乾燥させ、しごき、細かく裂いて、1本の糸として紡いでいきます。この作業だけでも熟練した技術者で1カ月はかかると言います。

「奈良晒は、縦糸に苧麻(ちょま)からできた糸を張り、そこに大麻から紡いだ糸で織っていきます。縦糸は現在、指定した太さの機械糸ですが、横糸は、かつて僕の祖父(4代目)がこの地域の女性に苧績みをお願いして作ってもらったものです。おもしろいもので、人それぞれ性格があるように、糸にも太い・細いと人によって特徴が異なるため、今回ののれんを作るに当たり、誰の糸を使うかという話も松屋銀座さんとしました」(大祐さん)

100周年ののれん製作において、織られた奈良晒は6反(1反は約12m)。総計72mの奈良晒が使われています。「依頼を受けてから、文字通り、家族総出で必死に織り上げました」と大祐さん。

織られた奈良晒は、採寸に合わせて裁断され、一部は知り合いの藍染め工房「Indigo Classic」で松鶴マークを染められます。そしてパーツがすべてそろったところでのれんに仕立てます。

今までに経験したことのない大きなスケールのプロジェクトへの挑戦。「伝統工芸を新しい形で世の中に発信したい」という想いでつながる岡井さんと「Indigo Classic」の小田大空さんは、共に熱が入り、このプロジェクトに取り組んだそうです。

「かなりハードルが高いプロジェクトでした。藍染めも全体ではなく、生成り地を生かして松鶴マークを藍色に染めるため、さらに神経を使うそうで、小田くんも『倒れそうだ』と言いながら取り組んでいましたよ」

ただ、私たちは3年ほど前、松屋銀座さんがスペース・オブ・ギンザ(SOG)で『日本のかたち』を開催されたとき、その展示を見て『いつか私たちもこんな作品を作りたいね』と話していたんです。今回とても大変でしたが、夢が叶ったんだなと思いました」(大祐さん)

のれんは最後の仕立てにも気遣いが。縦2500cmと大型ののれんは、布と布を閉じる長さも上から40cmと通常よりも長め。また松鶴マークが入るのれんは、できるだけマークに縫い目がかからないように計算されて閉じられています。

「今回のチャレンジを経て、私も今後に向けて良い弾みとなりました。ここまで大きなものを仕上げられたのだから、次はタペストリーが作れるかもしれない、横幅60cmのものにも挑戦できるかもしれない、と思っています。今後のチャレンジが楽しみですね」

限られた納期で緻密な作業を繰り返しながら作られたのれん。100周年を迎えた松屋銀座の伝統や企業姿勢を表すのにぴったりのアイテムです。最後に大祐さんはこんなことも話していました。

「いらっしゃったお客さまにただ『すごいね』とか『でっかいのれんだね』なんて思ってもらえたら一番うれしいですね。そして『やっぱり松屋さんってすごい』と思ってもらえれば、松屋さんへの恩返しができたと思います。たくさんのお客さんに来ていただき、松屋銀座に『良い気』を呼び込んでもらいたいですね」

「奈良晒」ののれんを、堂々、お披露目!

「松屋銀座 開店100周年アニバーサリーウィーク」

松屋銀座では、100周年を盛り上げるイベントが多数行われます。その手始めとして、奈良晒ののれんをくぐり、ぜひ松屋銀座にお越しください。
会期/2025年4月29日(祝・火)ー5月13日(火)
会場/1階正面入口、正面ショーウインドウ、地下ショーウインドウ など

PHOTO/AYUMI OOSAKI TEXT/CHIHIRO BETCHAKU